組織について

会長挨拶

 日本エッセイスト・クラブは、日常生活の中で出合う諸々の主題について思うことを、平易な言葉で自由に表現することを楽しむ人々の集まりです。

 70年余のクラブの歴史の中で、それぞれの分野で活躍した先人達の文章を読むと、エッセイとはひとつの道を歩んだ者の思索の結晶であり、読む者を力づけると共に、書くことへの楽しさに誘ってくれます。

 当クラブは、言葉を大切にするすべての人々と交流を深めることにより、芳潤な日本語文化、豊かな社会の発展に寄与することを目指しています。

大村 智(おおむら・さとし)
1935年山梨県生まれ。東京理科大学大学院理学研究科修士課程修了。米国ウエスレーヤン大学教授、北里大学薬学部教授、(社)北里研究所理事・所長、(学)女子美術大学理事長を歴任。現在北里大学特別栄誉教授。2015年、ノーベル生理学・医学賞受賞。著書に「ストックホルムへの廻り道」、「人生に美を添えて」など。

日本エッセイスト・クラブについて

 当エッセイスト・クラブは、1951年6月に設立されました。その年秋の講和条約調印、翌年の独立回復をひかえ、新生日本への道をようやく歩みはじめた時代です。設立趣意書は、一切の政治活動を排したうえで、エッセイストの親睦、共通の利益の擁護、言論の自由と権威の主張を唱え、 さらに、「正しい世論を喚起して日本の文化と平和に貢献する」と謳っています。その一語一語に時代の息吹と強い意気込みを感じます。

 クラブ設立にあたって名称を「評論家協会」「随筆家クラブ」などとする案も出たようですが「エッセイスト・クラブ」の名を、仏文学者の辰野隆が提案しました。それでは「エッセイとは何か」と、実はクラブ発足後もだいぶ議論になったようです。当時のジャーナリズムの第一線で活躍する著名な評論家、エッセイストら90人が参加しました。

 会長には、戦前よりリベラリストの言論人として活躍し、戦後は日本国憲法制定論議に関わった馬場恒吾(読売新聞社社長、日本新聞協会会長)、 理事長には阿部真之助(東京日々新聞—後の毎日新聞主筆、NHK会長)を選出しました。 阿部は、菊池寛や久米正雄、横光利一、大宅壮一ら作家を東京日々新聞学芸部社友とし、また囲碁及び将棋の名人戦を企画、 「小さな親切」運動の提唱者の一人として、文化界にも横断的な人脈を作った人物です。また理事には、若手ライターたちを集めた「ノンフィクションクラブ」を結成し、ジャーナリストとして活躍した大宅壮一、 TBSテレビ座談会「時事放談」のレギュラー出演者の小汀利得、ジャン・コクトーや『ファーブル昆虫記』の翻訳をしたフランス文学者で随筆『新釈女大学』がベストセラーとなった河盛好蔵、 経済学者で初代一橋大学初代学長の中山伊知郎、朝日新聞論説主筆で常務取締役の笠信太郎らが名を連ねました。

 翌年には、大宅壮一によってクラブ賞の提唱が行われました。 2代目会長には阿部真之助が就任し、会長の座は、東京朝日新聞編集総長、日本新聞学会会長などを務めた千葉雄次郎へ、さらに共同通信ラジオ・テレビ局長、 東京大学新聞研究所所長、日本新聞学会会長となった殿木圭一へと繋がりました。

 その後しばらく会長のポストは空席となり、2004年からは、理事長を務めていた村尾清一が会長の任につきました。村尾は読売新聞社会部時代に第五福竜丸事件のスクープ記事に関わり、放射性降下物について「死の灰」という造語で報道しました。同社取締役をつとめ、日本記者クラブ賞を受賞しています。

 2020年に後任となったのが、NHKでディレクター、プロデユーサーとして数々のラジオやテレビドラマの制作に関わったのちNHK専務理事、放送総局長、NHKエンタープライズ社長を歴任した遠藤利男でした。このバトンは2023年、物理学者でノーベル賞医学・生理学賞受賞者の大村智へとつながり、現在に至ります。

馬場恒吾
読売新聞社長、日本新聞協会会長
阿部真之助
東京日日新聞(後、毎日新聞)主筆
NHK会長
村尾清一
読売新聞社取締役・論説委員
遠藤利男
NHK専務理事・放送総局長

 当エッセイスト・クラブは、1951年6月に設立されました。その年秋の講和条約調印、翌年の独立回復をひかえ、新生日本への道をようやく歩みはじめた時代です。設立趣意書は、一切の政治活動を排したうえで、エッセイストの親睦、共通の利益の擁護、言論の自由と権威の主張を唱え、 さらに、「正しい世論を喚起して日本の文化と平和に貢献する」と謳っています。その一語一語に時代の息吹と強い意気込みを感じます。

 クラブ設立にあたって名称を「評論家協会」「随筆家クラブ」などとする案も出たようですが「エッセイスト・クラブ」の名を、仏文学者の辰野隆が提案しました。それでは「エッセイとは何か」と、実はクラブ発足後もだいぶ議論になったようです。当時のジャーナリズムの第一線で活躍する著名な評論家、エッセイストら90人が参加しました。

 会長には、戦前よりリベラリストの言論人として活躍し、戦後は日本国憲法制定論議に関わった馬場恒吾(読売新聞社社長、日本新聞協会会長)、 理事長には阿部真之助(東京日々新聞—後の毎日新聞主筆、NHK会長)を選出しました。 阿部は、菊池寛や久米正雄、横光利一、大宅壮一ら作家を東京日々新聞学芸部社友とし、また囲碁及び将棋の名人戦を企画、 「小さな親切」運動の提唱者の一人として、文化界にも横断的な人脈を作った人物です。また理事には、若手ライターたちを集めた「ノンフィクションクラブ」を結成し、ジャーナリストとして活躍した大宅壮一、 TBSテレビ座談会「時事放談」のレギュラー出演者の小汀利得、ジャン・コクトーや『ファーブル昆虫記』の翻訳をしたフランス文学者で随筆『新釈女大学』がベストセラーとなった河盛好蔵、 経済学者で初代一橋大学初代学長の中山伊知郎、朝日新聞論説主筆で常務取締役の笠信太郎らが名を連ねました。

 翌年には、大宅壮一によってクラブ賞の提唱が行われました。 2代目会長には阿部真之助が就任し、会長の座は、東京朝日新聞編集総長、日本新聞学会会長などを務めた千葉雄次郎へ、さらに共同通信ラジオ・テレビ局長、 東京大学新聞研究所所長、日本新聞学会会長となった殿木圭一へと繋がりました。

 その後しばらく会長のポストは空席となり、2004年からは、理事長を務めていた村尾清一が会長の任につきました。村尾は読売新聞社会部時代に第五福竜丸事件のスクープ記事に関わり、放射性降下物について「死の灰」という造語で報道しました。同社取締役をつとめ、日本記者クラブ賞を受賞しています。


 2020年に後任となったのが、NHKでディレクター、プロデユーサーとして数々のラジオやテレビドラマの制作に関わったのちNHK専務理事、放送総局長、NHKエンタープライズ社長を歴任した遠藤利男でした。このバトンは2023年、物理学者でノーベル賞医学・生理学賞受賞者の大村智へとつながり、現在に至ります。

発足時の役員名簿(1951年)

会長 馬場恒吾
理事長阿部眞之助
専務理事三宅晴輝
理事 青野季吉、阿部静枝、井上縫三郎、大宅壮一、小汀利得、唐島基智三、河盛好蔵、近藤操、佐藤垢石、坂西志保、高田保、中山伊知郎、中谷宇吉郎、福原麟太郎、古垣鉄郎、松尾邦之助、森正蔵、山本実彦、笠信太郎
顧問大内兵衛、辰野隆、長谷川如是閑、森戸辰男
監事 佐々木茂索、松方三郎  
事務局長宮城音彌
名誉会員 加藤元一、島中鵬二、野間省一、増田義彦、綿野修三

役員名簿(2024年3月1日現在)

名誉会長 村尾清一
会長大村  智
理事長堀尾眞紀子
専務理事 (空席)
常務理事秋山秀一、 内藤啓子、中丸美繪、桃井恒和、安嶋明
理事 上野誠、梅津時比古、海老沢小百合、佐々木健一、戸田桂太、並木きょう子、畠山重篤、原田國男、藤原作弥、松田宣子   
監事今野耕作、杉田定大
事務局長 (兼)海老沢小百合
名誉会員 (空席)
総会員数263名 
特別会員47名
正会員202名
法人会員12社(順不同) 14名
朝日新聞社 毎日新聞社 読売新聞社 産業経済新聞社 中日新聞社 共同通信社 日本経済新聞社 日本放送協会 TBSテレビ 岩波書店 講談社 集英社 

入会案内

 正会員になるには、会員2名以上の推薦を得て、理事会の承認を求めることが定款で定められています。ただし、現在は会員1名の推薦でも審査対象としています。理事会で理事1名の推薦を加える形をとることによって、要件は満たされるからです。著書や新聞、雑誌などでのお仕事を参考に、クラブの趣旨に則して審査します。